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平十字(ヒラトウジ)の秘密(1)



カタカムナの図象

平十字(ヒラトウジ)が楢崎に見せた巻物は、 ○と十による図象で構成された八十個の渦巻きの形で記された全八十首の歌でした。 以下は、カタカムナ図象における全四十八声音符を、 その形からまとめたものです。

見ての通り、これはどう見ても自然の事物から発生した象形文字ではありません。 これをよく観察し、その真意を学んでみると、 これらはどうやら、高度に抽象化された空間における、 様々な事象の性質を語るものであることが理解できます。

まず、これを眺めているだけでも楽しいと思うのです。 それぞれの声音符は、 その横に付記されている現行の片仮名の形によく似ていることが分かります。 それにしても、古代人が直観したと言われるこの図象は、 万物の抽象的な概念を具現化し、声音符として表現した彼らの心情的な過程を想像してみると、 ほんとうに興味深い発見が次々と出てくるのです。 しばし「信じがたい」という感情を、今のところ抑えていただいて、 この図象の生成過程を鑑賞してみて下さい。 きっとカタカムナの直観力に感嘆するはずです。



カタカムナ文献の秘教的な考察

私の思想基盤はルドルフ・シュタイナーの人智学に拠るものですから、 この話を考えるときには、 その内容の一つ一つを神秘学的に解釈します。 ですから、楢崎皐月の奇妙な話にも、 カタカムナそのものの中にも、 いくつかの神秘学的なキーワードが見られると思うのです。

その一つが「平十字(ヒラトウジ)」です。 これは、私でなくても聖書の中でイエス・キリストが磔にされた十字架を思い浮かべるのではないでしょうか? 古神道の伝統では、○と十の中に、陰陽の秘密が隠されており、 陽である○に対して、十というのは人間の隠された陰の象徴であると言います。 そして、この十に「平」がつくとなると、 どうしても思い浮かべる象徴があります。 それは古代ヘブライの文化で重視されてきた「T(タウ)」の文字です。 頭打ちされた十字架の象徴であるこのヘブライ文字として、 「平十字」と表現されたような気がしてならないのです。 ここでシュタイナーの「T(タウ)」文字についての解釈を見てみることにします:
フリーメーソンには、太古の象徴があります。いわゆるT(タウ)文字です。 このT(タウ)文字は、フリーメーソンの中では、大きな意味を持っています。 それはもともと上部を取り去った十字架に他なりません。 元来十字架には、鉱物界が省かれています。 人間がすでにそれを手に入れているからです。 人は植物界に働きかけて、上方に向かう十字架を得ます・・・・[欠落]。 大地からも魂からも地上を支配する力を得ようと勤めるものが、 メーソンの未来の象徴なのです。

(ルドルフ・シュタイナー著 高橋巌訳 1997 「神殿伝説と黄金伝説」 株式会社国書刊行会 p.184)
本来、イエスが磔にされた十字架というのは、T字型の十字架でした。 当時の絵画を見ても分かるのですが、 罪人は皆、その罪状を上部に記した形状のT字型の十字架に磔にされたのです。

ここで、少々長い引用なのですが、シュタイナーの十字架についての説明を紹介します:
十字架は象徴として、キリスト教の中で、 第五の原則に向かって努力すべきだという、あの原則的な意味を表すようになりました。 十字架とは何でしょうか。人間の本性が目指す三領域、植物界、動物界、人間界のことです。 人間は現在、鉱物界の中で生きています。植物、動物、人間が鉱物界に属しています。 すべての叡智の宗教が述べているように、人間の魂的・霊的本姓は、万有魂の一部分なのです。 たとえばジョルダーノ・ブルーノは、それを宇宙魂と呼びました。 宇宙魂を大きな海と考えるとき、個人の魂は、その海の一滴のようなものです。 すでにプラトンは、「宇宙魂が宇宙体の十字架にかけられている」、と語りました。

人間の中で自己を語る宇宙魂は、今では鉱物界に拡がっていますが、 鉱物界を超えて、三つの高次の領域へと高まらなければなりません。 そのためには、次の三つの周期でも、植物界と動物界と人間界に受肉しなければなりません。

第四周期(地球紀)とは、人間の魂が鉱物界に受肉する時期のことであり、 第五周期(木星紀)は植物界に、第六周期(金星紀)は動物界に受肉する時期なのです。 そしてようやく第七周期(ヴルカン星紀)で、人間の魂は人間界に受肉します。 そのときに人間は、まったく神の似姿になるでしょう。 それまでの人間は、まだあと三回、宇宙体を自分のからだにしなければなりません。

このような人間の未来に眼を向けますと、 未来は、植物素材、動物素材、人間素材という三重の素材性または物質性として現れます。 この人間素材は、私たちが現在有する素材性ではありません。 現在は鉱物素材であり、人間は今、地球紀という鉱物周期にやっと至ったところなのです。

もっとも下位の領界が人間界になったとき初めて、 もはやそれより下位の本性がなくなります。 人間がみずからの生命力で全存在を救済したとき初めて、 人間は、神が憩う第七周期に至るのです。そこでの人間は、みずから創造者となるのです。 人間が神の似姿になったときが、天地創造の第七日目です。 これが天地創造の諸段階なのです。

現存する植物、動物、人間は、それらの本来あるべき姿の萌芽にすぎません。 今日の植物は、人間進化の次の周期で高次の栄光を現すもの、比喩的な暗示にすぎません。 そして人間も、動物性を克服し、それを脱ぎ去ったときには、 ただそれを暗示するしかないような何かになるのです。 そのように植物界・動物界・人間界は、 人間がこれから歩まなければならない三つの素材世界なのです。 これらは人間の宇宙体であり、 魂はこの宇宙体にはりつけにされているのです。

(ルドルフ・シュタイナー著 高橋巌訳 1997 「神殿伝説と黄金伝説」 株式会社国書刊行会 pp170-171)
どうでしょう。「平十字」の秘教的な意味が見えてこないでしょうか? ○というのは、カタカムナの中では 「マ」、もしくは 「ワ」、 つまり、空間を表します。この広大な宇宙の中に位置するミクロコスモスとしての人間が十です。 秘教の伝統によれば、十字というのは「人間」を意味します。



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