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「ヒフミ」の時間的解釈



カタカムナの数え歌

カタカムナ文献の全八十首の歌の中でも有名な 第五首と第六首はカタカムナの「数え歌」です。 それは以下のように「ヒフミヨイ、、、」で始まり、 カタカムナ図象の全四十八声音符の全てが含まれています。



上の図で、第五首の真ん中の図形から、 時計回りに派生する渦のように順に読んでみて、 同様に第六首まで読み進めてみると、 以下のような歌であることが分かります:
ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト
アウノスヘシレ カタチサキ
ソラニモロケセ ユエヌオヲ
ハエツイネホン カタカムナ
相似象のどこだったかは忘れましたが、 カタカムナを観じ、理解するには、 自分が球の中心に立ち、 右側から昇る朝日が、西である左側に沈んでいく様を思い浮かべると、 図象のそれぞれの小円の配置の意味が分かる、というようなことが書いてありました。 易における八宮の配偶でもそうですが、古代の東洋の人々は、 自然を図に配置する際、南を上にした図を用いていました。 風水で「孔子、南面す」というように、 敷地内の家屋が北側に位置し、南を向いている邸宅が理想とされていたのです。



一日における太陽の運行

こう考えると、第五首と第六首における
「ヒフミヨイ マワリテメグル ムナヤコト」
の意味が明らかになります。
 ヒ フ ミ ヨ イ
「ヒ」から 「イ」までの空間というのは、 朝、東から太陽が昇り、西に沈むまでの時間帯を表しているのが分かります。 昔の時刻の表現では、
夜が明ける は「卯(う)」の刻。
は「巽」、つまり「辰・巳(たつみ)」の刻。
は太陽が一番高く上る「午(うま)」の刻(正午)。
は「坤」、つまり「未・申(ひつじさる)」の刻。
そして、夕方になって太陽の沈む は「酉(とり)」の刻。
ということになるのではないでしょうか?

 マ ワ リ テ メ ク ル
「マワリテメグル」は循環を表します。 が、この説明は違う機会に譲ることにします。
 ム ナ ヤ
こうして、日が沈んだ後の夜の世界が訪れます。
夜の始まり は「乾」、つまり「戌・亥(いぬい)」の刻。
は午前零時である「子(ね)」の刻を表し、
は「艮」、つまり「丑・寅(うしとら)」の刻。
夜の世界は 「ヤ」で完結するわけではありません。 夜から翌朝に移行する時には、 自然における特別な状態が必要となります。 それが「コト」です。
 コ ト
「ヤ」というのは昔から「たくさんの数」を意味しました。 8という数字は、事物が飽和状態にあるということです。 易を勉強されているなら、後天八卦という図盤をご存知の方も多いと思います。 後天八卦というのは、天の気のあり方を示した先天八卦と一対で用いられます。 後天八卦は、この先天八卦が地上に投影され、 人間の視点からそれぞれの配置が再構築された図盤です。 この後天八卦によると、ちょうど夜明け前の状態が8という数字で表されます。 事物が生成流転し、最後の飽和状態のことを8で表現します。 そしてこの飽和状態から新しい生命を生み出すために、 五行でいう土性の浄化作用が必要とされます。 これがカタカムナにおける中間領域、「コト」なのではないでしょうか。 ユダヤの秘教体系カバラの概念では、 1が男性原理、2が女性原理、次いで3は二人の間に産まれる子であるとし、 4という数字は、次の1であるトランジションの状態であるとしています。 次の世界を生み出す中間領域の概念という意味においては、 これもカタカムナの「コト」に対応するものであるような気がします。
事物は 「コゴリミ」(無秩序な混沌におけるレトルト状態)となり、 全一の包括状態に 「ト」(統合、重合)される。
これらを総括して考えると、 カタカムナの大円の上部半円は「昼間」を表し、 下部半円は「夜間」を表しているということになります。



一日における陰陽の推移

陰陽の思想では、 陽の気は日が昇ると同時に発生し、 日中は陽の気が旺盛となります。 夕方になると助長し、極まった陽が衰退し始め、 陽は陰の気に転じるようになります。 夜になると陽の気はほとんど存在しなくなり、 かわりに陰の気が事象を運行することとなります。

カタカムナの図象で言うならば、 大円の右半分が「陰から陽への変容過程」、 対して左半分が「陽から陰への変容過程」を表すということです。
陰  ム・・・戌・亥
↓  ナ・・・子(陰の極まる深夜零時)
↓  ヤ・・・丑・寅
↓  コ・・・「中間領域その1」(再構築への準備)
↓  ト・・・「中間領域その2」(変化)
陽  ヒ・・・卯(夜明け)
↓  フ・・・辰・巳
↓  ミ・・・午(陽の極まる正午)
↓  ヨ・・・未・申
↓  イ・・・酉(日没)
カタカムナ図象を自然現象からみるならば、 このような解釈が自然であるような気がします。 実際のところは誰が知るわけでもありませんが、 どうでしょうかね。



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